御朱印はいつから始まった?なぜ赤いのか――朱印船貿易とつながる「朱印」の意味

近年は御朱印をきっかけに神社を巡られる方も多くなり、季節ごとの意匠や特別な御朱印を楽しみにされる方も増えました。しかし、普段手にしている御朱印が、もともとはどのように始まり、なぜ朱色の印が押されるのかまでは、あまり知られていないかもしれません。本日は、御朱印の起源と朱の意味、さらに 朱印船貿易 に用いられた「朱印」との関係について見ていきたいと思います。


御朱印の始まりは「納経の証」から

現在の御朱印は、寺社を参拝した証として受けるものとして広く知られていますが、その始まりは寺院における納経にあります。

平安末期から鎌倉時代にかけて、人々は写経した経文を寺に納め、その証として寺から墨書や印を受けていました。これが御朱印の原型です。当時は現在のように美しく整えられた形ではなく、「どの寺に、いつ、何を納めたか」を記した実務的な記録でした。

つまり、もともとの御朱印は「参拝記念」ではなく、「信仰の行いを確かに受け取った証」だったのです。

その後、西国三十三所や四国遍路の巡礼文化が広がる中で、納経を伴わずとも参拝の証として授けられるようになり、江戸時代には庶民の間でも広く定着しました。



神社で御朱印が広まったのは比較的新しい

御朱印はもともと寺院文化の中で発展したため、神社で一般的に授与されるようになったのは比較的新しい時代です。

明治に入り、神仏分離が進む中で、神社でも参拝の証として墨書と朱印を授ける形が整っていきました。

現在では 丸亀春日神社 のように、それぞれの神社が祭神や季節、祭礼の意味を込めた御朱印を授与しており、一枚の中にその時々の祈りや季節感が込められるようになっています。



なぜ「朱」で押すのか

御朱印の「朱」は単なる色彩ではありません。

古来、朱色には

  • 魔除け

  • 清浄

  • 神聖

  • 権威

という意味がありました。

神社の鳥居や社殿の柱に朱が使われるのも同じ理由です。赤は邪を防ぎ、神聖な境界を示す色と考えられてきました。

さらに朱は、水銀を含む顔料である辰砂に由来し、古代中国でも特別な色とされていました。日本でも重要な印や儀礼には朱が用いられ、黒よりも格の高い印として扱われてきました。

御朱印においては、

  • 墨書=言葉による記録

  • 朱印=神仏の証

という意味合いが重なっています。

ですから朱印は装飾ではなく、「この場で祈りが結ばれた証」を示しているのです。



朱印船貿易の「朱印」と同じなのか

結論から言えば、同じ思想から生まれています。

江戸時代初期、海外交易を許された船には幕府から朱印状が与えられました。これが朱印船です。

朱印状には将軍の印が押され、

「この船は正式に交易を許可された」
「この者は公に認められている」

という意味がありました。

つまり、

  • 御朱印=神仏の前で認められた証

  • 朱印状=権力者が認めた公文書

という違いはありますが、どちらも「権威ある存在が朱で証明する」という構造は同じです。

朱で押された印には、改ざんしにくく、重みがあると考えられていたため、特別な証明として用いられてきました。



一枚の御朱印に残る古い日本の証明文化

現代では御朱印を旅の記録として受けられる方も多いですが、その背景には、

信仰の証
神仏とのご縁
そして公的な証明文化

という三つの歴史が重なっています。

一枚の御朱印には、古代から続く「朱の力」が今も静かに息づいています。

神社で御朱印を受けるとき、その赤い印の向こうに、はるか昔の人々が感じていた「守られる」という感覚を少し思い浮かべていただければと思います。